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 先日の日経新聞(平成17年7月15日)に「生まれながらのオンリーワンなんてあり得ない。若者に『頑張らなくていい』と奨励するばかりの教育では、若者の方も実社会に出てから『おれたちを認めてくれない社会や会社が悪い』という心理に陥りやすく、社会とのギャップを生むばかりだ」という記事がありました。
この記事に対して、思うところを下記します。
「フリーター」や「ニート」は今や大きな社会問題です。これまでもさまざまな研究発表がありますが、この記事は「教育」の立場からの分析で興味深いものと思います。
 記事の中では「オンリーワン」がヤリ玉にあがっています。よく「ナンバーワン」に代わって「オンリーワン」が使われますが、恐らく、誰にでも当てはまる使いやすい単語だからだと思います。
 親から見てわが子は、いつでも、「オンリーワン」な存在です。仮に、性別や顔かたちや身長などそっくりな人が他にいたとしても、わが子が「オンリーワン」であることに変わりありません。これは親友あるいは身近な人にとっても同じかと思います。さらにこれを拡張すれば、私的な関係においては、いつでもその人は「オンリーワン」な存在であり続けます。ですから、「オンリーワン」という存在は世界中どこにでもいるわけで、決して、珍しいものではありません。もし、世の中一般の人が認める「価値」という言葉を「希少性」と読み替えるならば、「オンリーワン」は「価値がない」ということになります。
 このようなに考えれば、イチローや中田英樹は「オンリーワン」ではありません。やはり、彼らは「ナンバーワン」です。記事に「生まれながらにオンリーワンなんてあり得ない」とありますが、これを私流に表現すれば、「人は誰でも生まれながらにオンリーワンだが、それには社会的な価値はない」と言えます。
 社会で働くということは「私的」な関係ではありません。もちろん、ある種の価値基準もあります。従って、仕事で「オンリーワン」が評価されることは一般的にはあり得ません。「オンリーワン」と「仕事を頑張」には何の脈絡もありません。ですから、「オンリーワンだから頑張らなくていい」は当然ながら間違いとなります。
 「オンリーワン」や似た言葉の「個性」には美しい響きがあります。ただし、美しさゆえに1つ間違えると、子どもの「甘え」を助長します。言葉は正しく使うべきと考えます。

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