講師 山内 雄司
高校受験も佳境です。私立高校の入試が一段落して、公立高校の入試も残り1か月を切りました。これまでノンビリしていた中3生も、さすがに目の色が変わってきました。この気持ちをもっと早くから持ってくれていたら………という残念さと、その一方で目の前の本気になって学んでいる姿に接していると、毎年のことながら複雑な気持ちになってきます。
ほとんどの子どもたちは、高校入試があるから勉強に真剣に取り組んでいます。本当の学びは、入試などの外部の刺激によるものではなく、子ども自身の内発的な動機で行うもの、という建て前もあるかもしれませんが、受験生の姿を見ているとそんな一般論はどうでもいいような気持ちになります。
多くの子どもたちは、入試を契機に「勉強の仕方」を学びます。よく、「ウチの子は勉強の仕方を知らない(だから勉強ができない)」と嘆く保護者がいます。ニワトリが先かタマゴが先かは別にして、「真剣に勉強に取り組んだから、勉強の仕方がわかる」のであって、「勉強の仕方がわかっているから、勉強に取り組める」というケースは少数派のような気がします。その意味で、入試は、単に合格するための単発的な知識を学んでいるだけではなく、もっと、広く人生全般に通用するノウハウを修得しているのではないかと思います。
ちなみに、私は「勉強の仕方」とは、次のように考えています。
――今まで知らなかったことを、すでに知っている知識に関連付けて身につけていくこと――
こう言ってしまうと、カンタンなことと思われそうです。でも、新しいことを学ぶ際に、その新しいことを自分が今まで知っている「どの知識」に関連付けるかは一人ひとりすべて違います。その上、その新しい知識を身につけるために、「どんな方法」が自分にとって一番効率的なのかも一人ひとりすべて違います。つまり、新しいことを身につけるとは、単に丸暗記するのではなく、自分の持っている既知の知識や方法に関連付ける必要があります。そして、それは先生から一般論として教えられるのではなく、最終的には自分で編み出していかなければなりません。
だから、勉強の仕方を学ぶには、意志の強さや工夫が必要でとなります。それに、そもそも、実行に移す「勉強体力の養成」から始めなければいけない子どももたくさんいます。
真面目に取り組んでいても、ときには自分の無力さを痛感し、悔しい思いをすることもあります。すっかり自信を打ち砕かれてしまうこともあります。特に、入試のような期限が迫ってくるものがあると、焦りや緊張、ストレスと共存し、諦めたいという気持ちと戦います。講師としては、もっと力になってあげられないだろうかと考えさせられる日々です。
いずれにしろ、受験生はこうして本当の「勉強の仕方」を学んでいきます。
しかし、本当に残念でならないのは、ここまで頑張った受験生の何人かが高校入試が終わった途端に、「勉強しなかった日々」に戻ってしまうことです。「頑張ったからひと休みしたい」と言う生徒も、この「ひと休み」が2年間以上続いてしまうのです。ある公立高校の校長先生も、「高1生は受験が終わった瞬間に、なぜこんなに勉強しないのか」と嘆いていました。全く同感です。
子どもたちにはこれから長い生涯にわたって、高校受験よりももっと厳しい関門がいくつも待ち構えています。こういう時こそ、せっかく身につけた「勉強の仕方」が力になってくれます。高校入試が終わって、「はい、おしまい」では本末転倒です。今までの頑張りは、これから自分の人生のために生かして欲しいと思っています。
ランニングでも、「ゴールまで行ったら座り込んで休もう」と思うより、「その先までずっと走ってやる」と思うランナーの方が結果的に速くゴールにたどり着きます。皆さんがやってきたことは、受験が終わったら「はい、おしまい」というチャチなものではないことを知ってください。