2006年春号……「質問について考える』 塾長/青沼 隆
成績向上のために
子どもたちは、“質問すれば勉強ができるようになり成績が上がる”と考えています。ご両親さま方も同意見の方が多いように思えます。「塾はわからないところを教えてもらうところ」と言われます。確かに、塾に通うことの目的の1つは「質問」です。しかし、質問によって果たして成績は向上するのでしょうか。
わからなければ勉強が進みません。質問によってわかれば勉強が進みます。だから、質問することは良いことだというのは説得力があります。しかし、わかれば成績が上がるかと言えば、決してそうではありません。なぜなら、「わかる」と「成績向上」の間には大きな溝があるからです。
テストで評価されるのは………
多くの子どもたちは、「テスト」の意味を深く考えません。だから、「わかる」と「成績向上」の間にある溝に気付きません。「わかる」とは文字通り、やり方を理解すること、あるいは、勉強の中身を理解することです。方程式の解き方がわかった、三単現の意味がわかったというのがそれです。
それに対して、「テスト」で得点するには“瞬発力”や“スラスラ感”が必要です。「わかったかどうか」はテストの評価の対象ではありません。
テストの場面を想像してみて下さい。まず、時間が十分にありません。精神状態もふだんと同じとは限りません。ゆっくり落ち着いて、冷静に判断して答えを吟味できる保証はどこにもありません。しかも、厳密さが求められ、仮に正答に至るまで3つのステップが必要な場合、2つのステップをクリアできても最後のステップで間違えれば得点になりません。
次から次へと問題に取り組み、しかも判断を瞬時に冷静に、かつ誤りなく行っていかなければなりません。問題の解き方がわかった程度では、正答に至るとは限りません。「頭でいちいち考えなくても、エンピツが勝手に動く」段階まで習熟している必要があります。バッターが速球を打つとき、ピアニストが舞台で演奏すると同じです。彼らはいちいち頭で考えたりしません。テストも同じです。瞬時に正しい行動が取れなければ満足な成果を残すことはできません。
「わかる」と「習熟」の違い………
「質問」や「手取り足取り」をいくらくり返しても、“瞬時”に“正しい判断”ができるようにはなりません。「質問」や「手取り足取り」の段階ではテストに対応できないのです。むしろ、質問や手取り足取りによって、自己満足してしまえば、逆効果になります。
瞬時に正しい判断が下せるようになるには“習熟”しかありません。問題演習を積み上げる以外に方法はありません。質問で「わかる」とします。しかし、大切なのはこれからです。わかった内容を、問題演習の積み重ねで習熟して、いちいち頭で考えなくても正しい答えが出るまでトレーニングしなければなりません。そして、このトレーニングには、「わかる」までの努力にくらべ数倍のエネルギーを要します。しかも頼れるのは自分自身しかありません。
質問はあくまで「過程」です。登山に例えれば、まだ二合目くらいの状態です。これから問題演習をして、質問しなくても解けるようにならなければなりません(六合目)。そして、やがては頭を使わなくても、エンピツが勝手に動きスラスラ解けるまで習熟する必要があります(九合目)。これでようやく試験の準備ができました。後は本番で力を発揮するだけです(十合目)。
「質問している状態はまだ未熟」です。これがわかれば、勉強のやり方が変わります。