2008年1月号……『常識』 塾長/青沼 隆
「そんなこと常識だろう!」と言っても、相手が「常識」と思っていなければ、そのことは常識にはなりません。塾の中で子どもたちを見ていると、時代とともに常識の中身が移り変わっているのを実感します。
例えば、古いところでは、「先生の権威」。ご両親さまが子ども時代だったころまでは、学校でも塾でも、先生に対しては、(生徒の本心はともかく)、一応、権威を認めるというのが常識でした。学校も塾でも、その「権威」を前提にしてさまざまな教育が行われてきました。しかし、いつのころからか、先生と生徒は「上下の関係であってはいけない」という風潮が出たり、あるいは、教育においても一般の消費財と同じように消費者(この場合生徒)の意向が最大限尊重されるべき、という考えが蔓延する中で、先生の権威も以前のようなものではなくなりました。
先生の権威の衰退を巡っては、現在、教育の現場でさまざまな波紋を投げかけているのはご承知の通りかと思います。さて、それはさておき、この時期になると強く感じるのが「時計」です。
「入学試験に時計を持って行く」というのは、かつては常識でした。よく受験雑誌などに、「試験場に持参すべきもの」の一覧が書かれています。しかし、その中に「時計」という記載は特にありませんでした。お金や受験票や地図などは、そのリストにあります。でも、時計はふつうはありませんでした。それは、時計はオーバーやコートと同じょうに、持って行くのが「常識」だからだったからでしょう。
当学習会でも、昔は、特に時計のことは注意したりはしませんでした。ところが、数年前、ある生徒から、「先生!、受験した教室には時計がありませんでしたよ。お陰で、時間がわからなくて困りました。」という訴え(苦情?)がありました。私は、そのときに、文字通り、吹っ飛ばされるような驚きを感じました。それまで、受験会場に時計を持たないで行く子どもがいるなんて信じられなかったからです。
それ以降、入試の前には時計を持参するように注意するようになりました。しかし、それでも、ときおり、時計を持って行くのを忘れる子どもがいるようです。かつては、中学生になると腕時計をはめるという文化がありました。それがいつの間にか廃れ、子どもたちは時計を持たなくなりました。それに携帯電話の普及もあります。こんなことを背景に、入試会場に時計を忘れる生徒が増えてきたのでしょう。
先日、ある中学の通信を見ました。そこには、入試当日、持参すべきリストがありました。しかし、ここにも「時計」はありませんでした。その代わりに「携帯電話は持って行かないこと!」と大きく書かれていました。ここにも、常識のすれ違いがあるようです。
改めて申し上げます。
入学試験には時計を忘れないこと!